千秋佑真/senshu yuma のブログ。千秋のわりには人生で秋はまだ26回目、千秋の中でも駆け出しの方です。

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ネットは僕たちの頭を良くするのか、悪くするのか

ネットを使えば頭が良くなるのか、悪くなるのか。

今の時代、僕たちは分からないことがあればネットを開いて、Googleの検索窓に調べたいキーワードを打ち込む。いちいち頭の良い人に尋ねなくとも、不足している知識をネット情報で埋めることで、勉学や仕事を進めることができる。

誰もがネットを活用できる今、全ての人がフラットに「頭を良くできる」かのように見える。ネットが登場して20年が経つ。もし本当にそうなら、僕たちは20年前と比べれば、格段に頭が良くなっているはずだ。

目次

  • 違和感の正体

  • 「頭が悪い」の定義

  • ネットで頭が悪くなるということ

  • ネットで頭が良くなる人とは

違和感の正体

もしネットが、「誰でも頭が良くなる」ツールだとすれば、ここ20年で果たして人類の学力は上がっただろうか。そんなことはない。

下記リンクは、日本の大学入試センターの試験平均点の推移データと、全世界のOECDでの平均点の推移データだ。

参考リンク:大学入試センター試験平均点推移(1997~2018)
参考リンク:平均得点及び順位の推移 調査概要 結果概要

これらのデータからは少なくとも、インターネット黎明期から、ネットは学力に良い影響を与えたとは言えない。次にこれは日本の一人当たりの生産性推移のデータだ。もしネットが僕たちの無知を補って、みんな頭が良くなり、多くの問題が解決できるのならば、僕たちの生産性にも影響があるかもしれない。が、そんなことも無いようだ。

参考リンク:日本の一人当たりのGDPの推移

GDPは上昇傾向にあるが、ネット黎明期からの推移をみる限り、ネットの影響で生産性が上がっているとは言えない。むしろ何らかの要因で勢いが無くなっている。

これらのデータは様々な要因が影響しあっているため、「ネットの影響によって頭は良くなったのか」を図るには最適ではないかもしれない。しかし、この他にも「ネットの影響によって頭は良くなったのか」が顕著に表れている成果を見たことがない。

ここに違和感を感じる。

確かにネットは、誰でもフラットに無知を克服できる素晴らしいツールだろう。少なくとも今まで散々ネットに助けられてきた僕の経験上、それは紛れもない事実だ。しかし、ネットの登場で僕たちの頭が良くなったのかと言えば、首をかしげてしまう。

果たしてネットは、僕たちに何を与えたのだろう。

「頭が悪い」の定義

「頭が良い」「頭が悪い」という抽象的で危険なワードを扱っている以上、ここではまずその意味を定義しておきたい。

もちろんケースによって定義は様々だが、今回はネットという「知識や知恵を提供するツール」によって、頭が良くなるのか、悪くなるのかという疑問を取り上げているので、「知識の豊富さ」を、頭の良し悪しとして定義する。

そしてこの定義のまま話を進めると、実はこの世界には「頭が良い」やつも「頭が悪い」やつもいない、というとこになる。どういうことか。

例えば、僕はWEB制作を生業にしている。と言うことは、WEBの知識は豊富だ。つまるところ多くの人と比べればWEBに関しては「頭が良い」方だろう(じゃなきゃ困るのだが…)。しかし、この世の9割のことに関しては無関心で、無知だ。だから、知らないことに関しては「頭が悪い」ということになる。

そしてもちろん、この世の10割のことに関して熟知している神様のような人間は存在しない。

だから人は、あることに関しては「頭が良い」し、あることに関しては「頭が悪い」という2つの側面を持っている。

逆に言えば、全ての人はみんな「頭が良い」し「頭が悪い」とも言える。

その認識を前提にこの先の話を進めていく。

ネットで頭が悪くなるということ

ネットを使ったら「頭が良くなる」ということは、それこそネットの情報によって、知識が増えることを意味する。

では逆に、「頭が悪くなる」とは、どういうことか。

ネットを使う際、こんな経験はないだろうか。

ネット検索をして、ヒットした記事がずらっと並ぶ中、それぞれの記事が別々の意見を書いている、といったことだ。もちろんどれが正しい情報なのか分からないから調べたのであって、それを確かめる術はない。

しかしネットの性質上、ユーザーは結論を急ぐ傾向にある。そもそも信頼性のある情報が欲しいのなら、お金を払ってプロに直接聞いたり、評価されている書籍を手に取ればいいのであって、それをせずにネットを活用するということは、今立ちはだかっている問題や疑問に対して、その場で早く決着をつけたいわけだ。

つまりネット検索をするユーザーは、”検索したキーワードについては詳しくない”、”そして早く知りたい”、といった性質を持っている。

そのことから考えると、「ネットを使うと頭が悪くなる」というのは、結論を急ぐことでやみくもに情報を取り入れてしまい、詳しくないので間違った情報や意見を参考にしてしまう、よって自分の知識のレベルを下げてしまう、ということだと言える。

ネットで頭が良くなる人とは

このことから、ネットを使って「頭が良くなる」もしくは「頭が悪くなる」かは、ネット情報の真偽を判断できる「調査力」にかかっている。

もちろん、それを確かめるにはそれ相応の時間をかけることになる。例えばこうだ。

・情報元の信憑性を確認する。
・統計やデータがあるか確認する。
・情報に対しての評価を確認する(コメント機能や評価機能がついている場合)。
・上記が十分では無い場合、別の記事を探す、もしくはあきらめる。

これらの行為は手間がかかるので、ネットの美点である「今すぐ知れる」という性質とは矛盾した行為だ。いや、そもそも「今すぐ知れる」という性質は、鬼門と言うべきか。ネットは大量の情報を提供する便利なツールだが、直接お金を取らない以上、その先は全く保証しないということなのだから。

そんな情報過多の時代だからこそ、僕たちは「調査力」によって正しい知識を手に入れられるか、間違った知識を手に入れられるかが決まるわけだ。

今回のテーマの結論をざっくりと言ってしまえば、ネットを使うことによって、極端に「頭が良くなる人」と「頭が悪くなる人」に分かれると言える。

もっと端的に言おう。「調査力の知識」も「頭の良さ」に入るとするなら、ネットは頭のいい人が使えばさらに頭が良くなり、頭の悪い人が使えばどんどん頭が悪くなる、という最悪な構造を持っているのだ。

現時点で、ネットは9割の人が使っていると言われており、その数字は限りなく100%に近づいていくだろう。今や、情報の真偽を見定める能力は必須なのだ。それは、僕たちがネットに依存すればするほどに。


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